白馬岳遭難を考える

 10月7日(土)に福岡・熊本の男女7人のパーティのうち、4人が死亡する事故が起きた。死亡したのは全て女性で年齢は53、61、61、66歳。

 この週の前半には太平洋上で台風16号と17号が発生し、5日から8日にかけて低気圧となって四国沖から東進し、関東南岸から北上して宮城県沖を経て、北海道東岸まで移動している。6日には宮城県沖と鹿島沖で船が座礁。7日は典型的な西高東低の冬型の気圧配置で宮城県沖での低気圧は964hPa(ヘクトパスカル)で完全な台風並みの勢力であった。

 このパーティは7日5時に白馬岳南西の祖母谷温泉小屋(標高約800m)を出発したらしい。距離にして約15km、標高差約2100m。地図を見ると分かるが、猿倉(標高1230m)から大雪渓を経由して白馬岳に至るコースが約6km位。この2倍以上のコースである。ヤマケイ登山地図帳で標準タイムを見ると、猿倉からの大雪渓コースが6時間20分。今回遭難した祖母谷温泉小屋からのコースは10時間50分。雨の中を出発したと言うから60代以上の高齢者には結構最初から厳しい状態であったと考えられる。

 一方、10月頃の山の天候は一旦荒れると雪になり、過去に凍死による遭難事故も発生している。1989年10月8日には北アルプス立山三山を縦走中の中高年パーティ10人が悪天候で遭難し、吹雪の中で8人が凍死している。一行は悪天の接近を知りながら出発し、不調者が出ても行動を続け、稜線上で凍死したらしい。また、1999年9月には羊蹄山で悪天候によりツアーからはぐれ、3人が頂上付近でビバークし、2人が凍死した。死亡した一人は京都の女性で百名山の百座目だったらしい。その時、女性の死亡を見取った男性は体感気温は−30℃位だったと証言していたと思う。

 標準タイム10時間以上のコースを60歳代の高齢者を連れて、それも雨の中を出発させた48歳の登山ガイド。メンバーはそれなりに山の経験もあり、訓練もしていたようであるが、やはり高齢であれば緊急時の余力が少ないのは当然であろう。気力が萎えた時が死ぬときになる。実際、今回死亡した4人は白馬山荘や村営頂上宿舎から200〜300mの範囲内で死亡している。

 白馬岳には1999年9月26〜27日に猿倉から登った。大体、私は標高2700m位を超えると空気が薄くなったと感じる。白馬山荘に泊まったら手が浮腫んでぽつぽつが生じた。元々、高所には向いていないような気がする。羊蹄山の頂上付近ではガスで方向が分からなくなり、30分以上うずくまって一瞬でもガスが晴れるのを待った。冷たい強風に吹かれると急激に心が萎えてくるのを感じる。このまま吹かれ続けると多分、死ぬんだろうと思うときがある。冷たい風には人間の気力を奪う強烈な力がある。

 1999年版ヤマケイJOY 秋号。白馬岳を紹介したp121に次のように書いている。「難所はほとんどないが稜線での天候判断は慎重に 暴風防寒対策はしっかりと。また稜線は、10月に入ればいつ降雪があってもめずらしくない。天候判断を慎重に」

 48歳の登山ガイドはヘリで下山後、メンバーについて「登山暦は豊富で、このルートを歩いた人もいる。体力面での心配はなかった」と言っているが、基本的に60代の高齢者の余力を考えていない。また、「過信があったわけではない。ただ、天候を見誤ったのは自分の判断ミスだ。」と言っているが、前日から荒れ狂った低気圧と中学生でも分かる完全な西高東低の冬型気圧配置なのに完全に山を舐めているか、過信しているとしか考えられない。

 北海道の斜里岳に登った時、この日は等圧線の間隔が広く、暑い日で天気予報も大気が不安定と予報していた。頂上では周囲が見渡せたが、曇り始めたので危険を感じて直ぐに下山を開始した。落雷を避けるために予定していた尾根コースではなく、登りに使った渓流コースを下った。途中で子供達を連れた家族連れが登ってきたので「大気が不安定で雨になる可能性があるので下山した方が良いですよ。」と忠告したが、その家族連れは昼食を採れる適当な場所まで登ると言って登っていった。その5分後位には足下で雷鳴。豪雨となり渓流はあっという間に濁流となった。子供達を助けに他の登山者と登り返したが、こちらの身の方も危険になったのでやむを得ず下山した。幸い雨は比較的短時間で止んだので、暫く待っておれば渓流の水も減少したと思うが、下山後、登山口の山小屋の主人に「天候悪化は明らかなのに何故、子供連れの家族を登らせたのか」と詰め寄った。「注意しても言うことを聞かない」との事であった。

 個人的には病院で死ぬよりは、山で死んだ方が良いとの気持ちを持っているが、山で死ねば人に迷惑を掛ける。特に今回のような遭難では2重遭難で他人を巻き添えにする可能性もある。既に個人の遊びの領域を超えているのである。プロの山岳ガイドがこのような初歩的な天候判断ミスをするのであれば、第3者が入山禁止の処置を取らせるしかないのかもしれない。今回、死亡事故は白馬岳の他に奥穂高、大雪山系旭岳でも起きている。今回のような荒天が最初から分かっているような場合、山小屋や登山口で登山禁止処置を取らないと山を舐めた人間の後始末にどれだけの金を使い、他人を危険に晒せばよいのか。もう、そこまで考える必要があるのではないか。

 今回の事故については、北朝鮮の核実験の報道で急速にその陰に隠れた感があるが、事故の経緯が詳細に明かされることを期待する。
 (2006年10月12日記)

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