『医学の勝利が国家を滅ぼす』を読んで

 里見清一著『医学の勝利が国家を滅ぼす』新潮新書を読んだ。通勤電車の中でばたばた読んだので詳しい内容は覚えていないが、膨大する医療費でこのままでは国が潰れるという話である。

 12月23日の朝刊に2017年度予算案が載っていた。歳入は税収57兆に新規国債34兆で一般会計総額97兆。歳出では社会保障費が32兆に借金の元利払いの国債費が23兆円と身動きの取れない内容になっている。因みに国民医療費というものを厚生労働省が推計しているが、平成25年度に40兆円を突破している。医療費全てが税金で賄われている訳ではないが、税収が57兆しかないのに医療費が40兆というのが尋常でない金額であることは理解できるであろう。

 昔、NHKの特集で身寄りの無い老人を看取る活動を取材した番組を見た。一人の老人に亡くなるまで延命治療をしますか?と問うとその老人は、しっかり延命治療をしてくれと頼んでいた。無一文の老人がである。そもそも老人は死んでいくのが仕事である。だれでも死ぬのである。それを何故金を掛けて延命治療する必要があるのか

 母は療養型病院にもう7年近く入院している。認知能力はほとんど無いが、痰の詰まりや体の痒み等の苦しみは感じている。正に生き地獄である。管で流動食を強制的に与えられているので死ぬに死ねない状態である。同部屋の老人もほとんど意識も無く寝ているだけである。母の見舞いに行くと病院がまるで老いた人間を墓場に送り出すためのベルトコンベヤのように見えるのである。ベルトコンベヤであるから人の心は既に無い。滅多に家族も見舞いに来ない。ただ、莫大な金を掛けて死ぬのを待つだけなのである。死ぬのを待つだけならまだしも死なないようにして患者を苦しめているのである。

 病院で死を迎えるのは悲惨である。死の近い患者の体をゴキブリが這い回っている。父も死ぬ前日に家に帰りたいと言った。

 近藤誠の癌もどき理論は、100%正しくないとしても、この理論は人間にとって非常に重要なことを提示していると思う。それは“諦める”ということである。言い方を変えると“受け入れる”ということである。本物の癌であれば、既に転移しているので絶対に助からないし、癌もどきであれば転移はしないので放置しておけばよい。要するに癌であろうと癌もどきであろうと緩和治療以外は意味が無いのである。従って、癌検査も意味が無い癌の早期発見に至っては有害無益というわけである。癌なら死ぬ準備もできるのでどうせ死ぬなら癌が良い、というような本も出ていたと思う。

 癌撲滅運動というような言葉を聞いたことがあるが、癌を撲滅してどうするというのか?仮に癌が撲滅されたら次は何を撲滅するというのか。そうやって、際限なくどこまで金を使おうというのか。人間は年を取ったら死ぬのが当たり前なのである。私もそれ程先は長くない。現実世界の意識が若いときに比べて相当弱くなってきたのを日々感じる。これは正に死に近づいている証拠だろうと感じている。

 小学生の社会の勉強でイギリスは“ゆりかごから墓場まで”福祉が充実しているということを学んだ。現在はどうか。医療費削減で日本のように勝手に大病院に掛かることはできない。癌の手術も数ヶ月から1年以上の順番待ちである。日本もやっと紹介状無しで大病院に行くと割増料金を取られるようになった。非常に遅れている。

 現状を改めるには里見先生も言われているように例えば75歳以上の延命治療禁止を法律で定めるのは必要であると思う。医者は、どんな患者であっても全力で延命させるのが仕事、逆にそうしないと訴えられるのであるから医者に罪は無い。即ち、医者には現状を改める力は無いということである。近藤先生によれば、医者は商売繁盛のために製薬会社とグルになって健康人も病人に仕立て上げているのであるからこの面ではやはり医者の罪は大きい。どちらにしても医者は改革の中心になる立場になり得ない。法律で医者と治療をコントロールするしかないであろう。

 健康診断と早期発見。テレビでどの医者も強調している。しかし、本当にそうなのか?早期発見して良かった例を私は身近で見たことが無い。肺がんや食道がんは往くのが速い。一昨年、会社の健康診断で右肺に影が見つかった。家族が心配するのでCTを撮ったら右肺下部が素人でも分かるほど白くなっていた。これが癌なら多分助からないだろうと自分で感じた。医者は3ヵ月後にまたCTを撮ることを薦めたが私は断った。

 現在の老人世代は、自分達のために金と福祉を使いたい放題使ってきた。そして心は卑しく堕落した。つけは全て若者世代に押し付けた

 私もそろそろ老人の領域であるが、老人は死ぬのが仕事である。如何に美しく、金を掛けずに死ぬかを考えておくべきである。考えていてもいざとなったらじたばたするかもしれない。人間なのでそれはそれで仕方が無い。

(2017年1月9日 記)

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