危機対応も三流に堕した日本−新型コロナ対応−

 新型コロナウイルスの感染者が中国本土で75000人を超え、死者も2000人を超えた。

 当初、日本国内では発生源と思われる武漢や中国の対応を馬鹿にして笑ってみていた。しかし、良く考えてほしい。10日前まで日本の新型コロナの検査能力は1日300検体しかなかったのである。現在、民間の能力も入れて約3000数百検体まで能力を増強したというが、民間もそう簡単には対応できない。要するに新型コロナの検査能力をとってみても日本の能力は遠く中国に及ばないのである。これが現実である。中国の大連市は一早く日本のタカラバイオに検査試薬の供給拡大を求め、大連にあるタカラバイオの関連会社、宝生物工程(大連)有限公司では生産能力を50倍にして春節期間中も休むことなく週25万検体分のペースで検査試薬を生産したようである。日本の測定能力と桁が違っているのは明らかである。また、白鴎大学の岡田教授もテレビで言っているように新型コロナウイルスを分離し、その遺伝情報を解析した速さも中国は速かったと認めている。中国は確かに新型コロナが発生して、初動の封鎖で失敗し、患者に対する医療面でも混乱に陥ったが、少なくとも検査体制が日本の数倍優れていたことは間違いない。このことをもって中国が日本よりも優れていると言うつもりはない。人口も日本の10倍あり、新型鳥インフルエンザの発生の可能性も高いので技術的に危機に備えておくのは当然であるからである。

 問題なのは日本の対応である。10年以上前から高病原性鳥インフルエンザやその変異による人への感染やパンデミックの可能性が指摘され、その対策のために平成24年に新型インフルエンザ等対策特別措置法が制定された。当時の内閣官房による都道府県担当課長会議資料の表紙には、副題として『〜的確な危機管理のために〜』と記載されている。そして毎年、政府や地方自治体を含む様々なレベルで新型インフルエンザ等対策訓練が実施されている。例えば、昨年11月8日にも内閣官房で政府対策本部の運営訓練を行っており、その資料の中に『国内発生に備えた検査体制の整備』という文言があり、その変更案として『迅速な検査の実施』が提案されている。この内閣官房の訓練資料を経時的に見ると平成29年では現行として『新型インフルエンザ患者等の全数把握を行う』となっているのに対し、変更案では『新型インフルエンザ患者等の全数把握を全国で500人程度の発生まで行う。それ以降は地域感染期に入った都道府県は原則として全数把握を中止する。』となっている。

 今回の新型コロナウイルスは、新型インフルエンザ等対策特別措置法の対象にはまだなっていないが、対策や対応の考え方は基本的に類似している。また、新型コロナも新型インフルエンザもその検査はウイルスの遺伝子を増幅させて測定するPCR法である。検査主体は当然、国立感染症研究所とその地方組織である地方衛生研究所になる。今回も中国の新型コロナウイルスの遺伝子情報等に基づいて国立感染症研究所が検査方法を確立し、地方衛生研究所に検査マニュアルと試薬を地方衛生研究所に送付している。

 ところがコンベンショナルPCR法ではなくリアルタイムPCR法の手順を渡された地方衛生研究所は相当慌てたのではないかと思う。地方によってはリアルタイムPCRの検査装置自体が存在しない、また、装置があっても送られてきたマニュアルに沿った測定を直ちに行う能力がないとか。安倍首相が1日に300検体の検査能力しかないと表明した時、地方衛生研究所は主要都市を除いてほとんど測定できなかったのだと考える。装置があってもまだ練習段階だったのだろう。なぜこんなことになったのかと思うに平成29年の新型インフルエンザ対策訓練において患者の全数把握を放棄した変更案にあったのではないかと考える。

 今回の新型コロナの事象を見て分かるように検査を行って患者を確定しないと正しい治療を行うことができないのである。従来のインフルエンザと新型コロナを完全に判別しないと治療方針も決定できない。これは新型インフルエンザでも同様であろう。なぜ平成29年に患者の全数把握を放棄するような変更を行ったのか疑問である。そもそも世界中に新型インフルエンザが流行した時、日本では患者数自体を把握してないし、最初から把握する気もありませんなどという姿勢が世界的に通用するのだろうか。

 ダイヤモンドプリンセス号の件では、最近になって船中の権限は船長にあり、日本政府の管理下にそもそも無いだの日本の責任を逃れようとする見解が出ているが、実質上日本の検疫官や自衛隊が出動して船内の乗客・乗員を管理下に置いたのであるから日本の管理能力が問われるのは仕方がない。ここで約3700人の乗員乗客の新型コロナへの感染の有無を調べる必要性は各所から出されていたが、日本政府は当初断固として応じなかった。その内情は日本に中国レベルの検査能力が欠如していたことによる事は今では明白となったが政府はその説明すらしなかった。今回の件で政府の国民への説明不足は明白である。そもそも危機対応を行っていなかった、または本質的に対応方針を誤っていたために国民に刻々と変わっていく現状に対する対応方針を説明することすらできなかった。武漢縛り、湖北省縛りという無意味な理由付けで自分達の検査能力欠如を隠そうとしたのである。

 国と地方の組織がいつ来るかもわからないウイルスに即応態勢で常時備えておくのは莫大な経費が掛かる。今回の件でも下手な地方衛生研究所よりも民間の臨床検査会社の方が優れた装置と人員を揃えていると指摘され、現在、政府も民間の臨床検査会社数社と契約を結んで新型コロナの検査を民間に委託し始めた。非常事態に備え常日頃から民間会社の力を活用することは土木などでは制度ができているのではないかと考えるが、感染症などの分野でも非常事態に備えた民間企業の活用も考えておくべきであろう。

 今回の新型コロナは、SARSと異なり、重症患者を隔離することで封じ込めることは困難なようである。感染しても無症状の人間もおり、深く広く感染拡大していく可能性がある。ただ、致死率はそれ程高くないので若者や持病を持たない人はそれ程恐れる必要もないのではないかと思う。人によっては80歳以上の高齢者の致死率は15%程度あるので侮ってはならないという人もいるが人はいつかは必ず死ぬのが仕事なので私はこういう意見には賛同しない。

 新型コロナが今後どうなるか分からないが、日本の対応はあまりにもアナウンスが少なすぎた。何をどう考えてどういう方針で対応しているのか日本政府の考えが分からない。ダイヤモンドプリンセス号の乗員・乗客も日本国民も政府の対応に納得していないだろう。現状のままでは、日本自体が感染危険国として世界から隔離される恐れもある。東京オリンピックの開催も危ぶまれる。また、いつの間にか自然に収束する可能性もある。どうなるか現状では分からないが日本政府の対応方針も分からない。そこが三流だというのである。

(2020年2月23日 記)

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