猫のクロちゃん逝く

 我が家に10年前位からだと思うが、時々餌をもらいにやってきていた地域猫のクロちゃんが最近死んだ。真っ黒のメスで尻尾は先端がかぎ状に曲がっている。

 クロちゃんは、飼っていたトラの母親であり、シマシマの祖母になる。クロちゃん自身は、私になつくことは無く、近づくと“シー”と言って威嚇するのであるが、子猫が生まれて歩けるようになると家に餌を食べに連れてくるのである。最初のころに生んだ子猫はいつの間にか来なくなったので多分、全て死んだのだと思う。クロちゃんがこの約10年で生んだ子猫の数は、多分20〜30匹いるのではないかと思うが、元気に大きく育ったのはトラ、シロクロとその兄弟を含めた数匹だと思う。

 クロちゃんが連れてくる子猫たちは人間を恐れて逃げ回る。餌をやっていても基本的に逃げ回る。また、子猫たちの性格も色々である。人間に対して警戒心の極めて強いのもいれば、おっとりしているのもいる。そのおっとりした典型がトラだった。トラの兄妹はメスの“ブサイク”で一冬を兄妹で抱き合って時々台所の外に置いた段ボールの中で過ごした。トラは人懐こいわけではないが、捕まえて部屋に入れても全く動じることがなかったので飼うことにした。トラはミーのように襖で爪とぎをすることも無く、おとなしくて、今考えると人間とあまり干渉しあうことのない猫だった。ただ、トラが外から帰った時、一緒に部屋に行こうよ、と私を誘いに来るのはかわいらしかった。

 シマシマはお婆ちゃんであるクロちゃんが大好きだった。クロちゃんが来るとシマシマはクロちゃんの尻尾にちょっかいを出して怒られたりしていた。母親がいなくなったのでシマシマの明確な親族はクロちゃんだけだった。

 シマシマがいなくなった後、シマシマが万が一、帰ってきた時のために台所の外の土間に段ボールに毛布を敷いて置いておいたら、時々、クロちゃんが入るようになった。シマシマの固形の餌が残っていたのでクロちゃんにやるが食欲が無いようであまり食べない。そこで残っていた子猫用のゼリータイプの餌を与えたらよく食べるようになった。暫くは固形のポリポリタイプの餌にゼリータイプの餌を混ぜて与えていたが、固形のポリポリタイプの餌は完全に残すようになった。クロちゃんは人間でいえば、多分、70〜80歳と想像する。充分な栄養を採れる環境には一度も無かったはず。そして、下痢便を漏らすようになった。

 クロちゃんの余命もあまりないのかもしれないと思い、ウエット状の缶詰の餌を与えるようにした。そしたらガツガツとよく食べるようになった。よく食べるし、餌を早く頂戴と大声で鳴いてせがむようになった。これには困った。近所迷惑である。1日に2回餌をねだるようになった。また、下痢便も段々激しくなった。段ボールの中の毛布も漏れた便で汚れているので出来るだけ新しい毛布に変えてやった。

 うちには餌を食べにだけやってくる。体に時々、細長い雑草の種が付いている。シマシマが時々体に付けていたのと同じ種である。だから本当の住処は近所の野原かその近くの空き家だろうと想像するが本当の所は分からない。その内、クロちゃんが段ボールの中で眠っていることが多くなった。餌をくれとも言わずに寒い時は丸くなって段ボールの中で眠る。暖かい日は段ボールから出て日向ぼっこをしている。餌を食べて住処に帰っているのかと思ったら向かいの家の門の前で眠っている。もう死期が近いのかなと。

 下痢便がひどく、歩きながら垂れ流すので台所の土間全体が汚れた。シマシマの為に作った砂場のトイレもプランターのトイレもクロちゃんが使っていたが、用を足した後に土を掛ける元気も無いようでハエが集まるようになった。元気な時には私に“シー”と言って威嚇していたが、今ではその元気も無く、むしろ餌をせがんでいる。体に少し触っても怒りもしない。それなら若い時にもう少し私に懐いていれば飼ってやったかもしれないのに。

 3月2日の朝は早くから餌をくれと鳴いていたが、いざ餌をやろうと準備するといない。こんなことは今までなかったのにと不審に思っていると戻ってきたので餌をやる。私の日記にはこの日、『台所土間はもらした便で汚れっぱなし。猫の老後もあわれ。』と書いている。

 3月3日。午前中に餌を食べに来て、ガツガツ食べるが、歩き方がふらついていたのでいよいよ逝く時が近づいたのかな、と感じた。この後、クロちゃんは姿を見せない。

 今日、寝床の段ボールと毛布を片付けて、台所の土間をデッキブラシで洗浄した。猫用の食器も片付けた。縁があったらまた猫を飼ってみたいが、クロちゃんがいなくなったことで猫との縁は切れた。人間も犬も送り出すのは大変であるが、クロちゃんの最期の面倒を看ることが出来たのは良かったと思う。

 南無阿弥陀仏。

(2022年3月5日 記)

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